雑念の棚卸し

自分で自分をメンテナンスするための日々の記録です

高校時代の友人とランチ

休日に高校の時からの友達と会う

半年ぶりくらいに高校の頃からの友人と会いました。数少ないフルタイムで働き続けている同級生なので話が合い、大人になってからも暇があれば連んでいたのですが、今年に入ってから私の仕事が忙し過ぎて連絡とる元気もなく、また彼女も数年前に結婚してプライベートが忙しくなってしまって。彼女が結婚してからは家が近くなったので以前より会いやすくなったはずなのですが、近いといつでも会えるよね、なんて思っているとなかなか会えないですよね。大切な友達とは努力して会うようにしないと。

外でランチしてから彼女の家に移動してお酒飲みつつ、お腹いっぱいと言いながらおつまみを食べる食べる。結局夜までダラダラ飲み続け半年分の話をしました。

話題は定年後の生活

10年前、いや5年くらい前までは話題は恋愛の話が8割仕事の話は2割くらいだったのですが、ここ数年は仕事の話ばっかり、そして最近はセカンドキャリアや老後の話をよくします。

と言っても二人とも考え始めたばかり、最終的にはいつも「どうするんだろうねーうちら」で終わります。私たちの同級生はまだまだ専業主婦が多い世代で私たち二人はマイノリティーです。身近にロールモデルもいないんですよね。いや、探せばいないこともないのですが、今まで交流してこなかったのです。

私たちが社会人になった90年代は、女性は結婚したらもしくは子供ができたら会社を辞めるのが幸せで当然、という時代で、それができない人は負け犬とされ会社ではお局様と呼ばれて疎まれていました。私が新卒で入社した会社にもそういった女性が多くいて、そしてお局様はめちゃくちゃ怖くてちょっとのことでヒステリー起こしたり意味のわからないルールを押し付けたり(頂き物やお土産のお菓子を配るときはお局様に一番最初に選ばせろとか)、私は苛められたりはしなかったですが、お局様のワガママにはまぁ泣かされました。心の底から嫌いで軽蔑しており、交流するどころではなく同じ女性とさえ思えませんでした。

今私たちがそちら側の世代になり、陰では昔と同じように疎まれているかもしれないですが、少なくとも私たちは自分達が若い頃にされて嫌だったことを今の若者に対してしていないつもりではあります。

ちょっと話が逸れましたが、つまり私たちの少し上の世代で寿退社(死語)せず働き続けている女性たちは本音で会話できる相手ではなく交流がそもそも全くなかったのです。私が新卒で入った会社にずっといたら、どこかの段階で和解したりわかりあったりできて友達になれたかもしれないですが、私は30代前半でお局様方とわかり合えない若手のまま最初の会社を辞めています。

そして私の今の会社は歴史が新しく社員の平均年齢は35歳、私たちより上の世代が少なくそのほとんどは役員のおじさんです。平社員のままこの会社で定年を迎えるおばさんがまだそんなにいないのです。

あの頃お局様と言われていた先輩方は、どんなことを考えてて今何をしているんだろうなぁ、話してみたいなぁなんて思います。

自分がやりたいことなんて考えたこともなかった

そもそもやりたいことってなんだろうという話で、そこから私は全然思いつかないのです。子供の頃から親が望む通りにしなさいと言われ続け、結局親が望んだような人生を歩めてもいないのですが、自分が何をやりたいのか考えたこともなかったです。

私の友人は長い婚活の末に今幸せな結婚をしているので、結婚相談所をやりたいというのが大きな夢になりました。この夢は彼女の性格にぴったりだと思うので、他人事ながら叶うといいねと思っています。

私はなんだろうなぁ・・・仕事じゃないけどたくさんの犬と暮らせたら幸せなんだけどなぁ、とかそれくらいの望みしかないです。

仕事に限らず、もし会社に行かず全ての時間が自分のために使えるなら自分は何をしたいのか、どうなりたいのかをこの歳になって考え始めています。